~忍阪再訪~

鏡王女の眠る忍坂への想い。
10月の音楽祭、11月の忍阪訪問、と自分の中での更なる忍阪への想いが募っていた。友人から頂いた入江泰吉さんの写真展のチケットも手元にあることもあり、冬が間近に迫る12月にもう一度忍阪訪問を決めてしまった。
早朝、日の出を待たず家を出発し近鉄名古屋駅を6時30分の特急電車に乗り込む。
奈良行きには定番となったこのダイヤ。
木曽三川の橋桁を超えると、伊勢湾に上る朝日が柔らかい。
今日の奈良はどんなお天気が待ってくれているんだろうか。
早くもそんなことを想いながら一路奈良へ。
まずは、入江泰吉記念奈良市写真美術館のある高畑町へ向うべく近鉄奈良駅へ。
2系統の循環バスに乗り込む。
いつも思うのだが、駅を降りてわずか5分足らずの場所に鳴鹿がいて、国宝と出会える場所って日本全国広しといえども奈良だけではないだろうか。
バスや車の姿を心の中で焼き尽くすとそこは1300年前の姿そのものだ。
そんなことを描きながら興福寺、東大寺、そして飛火野の景色を車窓から楽しんだのもつかの間、あっという間に破石町へ。
市内の地図を握り締め、高畑町の町並みを美術館に向けて歩く。
奈良格子、土塀のある町。その中に息づいている暮らし。今日はゴミの日らしい。
ここは奈良だ。
そんなことを一歩一歩踏みしめながら歩いていくと、あっという間に美術館に到着。
前を歩いたことはあったが、もちろん入館するのははじめて。
洗練された建物の中に入江さんの作品はあった。
「万葉恋文」と題した企画展。
万葉集と入江さんの写真との融合。
100点くらいだっただろうか。
その中ほど過ぎたところに鏡王女墓の写真をみつけた。
朝霧のかかるこもりくの泊瀬にひっそりとたたずむ鏡王女墓。
まるでそこに自分が立っているような感じで引き込まれる。
しばしその前から動けないでいた。

「秋山の樹の下隠り逝く水の 吾こそ益さめ御念ひよりは」

チケットを頂いた知人に心から感謝した瞬間でもあった。
左横の作品は満月の作品。そして通路隔てた右横の作品は、天平美人の眉掻の句が添えられた三日月の作品があったのも印象的だった。

「春日山 おして照らせるこの月は 妹が庭にも清(さや)けかりけり」巻7-1074
「月立ちて ただ三日月の眉根掻き 日長く恋ひし君に逢へるかも」巻6-993

開館と同時の訪問とあってさぞかし静かな館内とおもいきや、受付の方たちの雑談が館内に響き渡っていたことがただひとつ残念だった。
でも秋山の作品と出会い、そして入江さんの数々の作品と出会って後ろ髪引かれる中美術館をあとにした私は、以前に歩いたことのある新薬師寺あたりの風景がどうしてもまた見たくってあえて遠回りすることにした。
春日山だろうか、山並みに映える落葉間近の深まった色合いが奈良の景色に溶け込んでいる。
新薬師寺の鬼瓦、土塀、赤や緑、黄といった色だけの表現ではもったいない位の濡れ落ち葉、すべてが心に留まる。
途中赤穂神社の文字が。
十市皇女の葬られた地との一説がある場所だ!
「ご自由にお入り下さい」の小さな看板に引き寄せられるように木戸を開けて参拝。
実際は桜井だと思っているが、何かしらのご縁はあった地かもしれないと思うだけで遠回りしてみたことに不思議なご縁を勝手に感じてしまった。
万葉集、日本書記に読まれた場所がそこかしらにある。
ここは奈良だ。そして今自分が歩いている。そう思っただけで嬉しかった。
入江さんの見た鏡王女墓をその日の内に自分で確かめてみるべく忍阪へと向う。
そこでJR桜井線に万葉列車なるものが11月29日から走りだしたというニュースを桜井在住の知人が号外を送ってくださったので、あえてJR奈良駅へと向う。
事前に問い合わせたが1編成しかなくダイヤの確約はできなく運がよければとの事。
宝くじよりはましかなと微かな期待をかけて320円の乗車券を購入。
11時15分発の桜井行きの電車は・・・はい、通勤電車でした。
乗車後、妙なアナウンスが。
「この電車は前よりのドアしか開きません。お降りの際は・・・。」
2両編成でワンマンと書いてある。
そして私の座席横には赤い運賃箱のようなものがある。
あたりの様子を伺っていたら皆さん乗りなれているようで、降車時は前の車両に移動していった。なるほど。
ある意味いい体験となった。
更に近鉄より三輪山麓に近いところを走っていくJR線は車窓の風景も楽しめて念願の万葉列車乗車は夢と化したが、2倍のお得感があった。
鏡王女墓も一人で歩いて行く予定にしていたが、古墳の専門家である知人が急な旅であったにも関わらず午後からご一緒してくださることになり、桜井駅で待ち合わせ。正倉院展に先月行った後に持病の腰痛が悪化し激痛が走り、歩くのがやっとだった私を心配してくれて言葉にはされなかったが万障繰り合わせて下さったんだと思う。
さり気ない、そしてその深い想いにただただ頭が下がる。
そうした気遣いのできる人間になりたい。
人としての触れ合い、気遣いを大和人から教わっている。
こうして桜井駅で再会を果たした私たちは以前にその存在を教えて頂いた忍阪古墳群に向う。
向う途中、橋桁の上で車を止められた。
すると、眼下に泊瀬川の流れが。
ゆったりと流れる水脈がバックに控えるこもりくの泊瀬の山々に溶け込んでいる。
万葉集に何首と読まれている泊瀬川がそこにあった。
車を止めてくださったことに感謝。
さて、忍阪8号墳について、素人の私がここで詳細について述べるすべはないが何かしら私の好きな時代背景とかかわりのある古墳であることは間違いなさそうだ。
六角墳ならぬ六角石室を持つものはここだけだということにも特別な古墳であったことを感じる。
その痕跡である石室の一部が表面に見えており実際に触ってみると以外に温かい石だった。1300年以上も前の石。いししえ人が手に持ち想いと願いを込めて作った石室である石を自分が触れている。
まさにただの石でない「玉」となった瞬間であった。
「ここから忍阪山がよくみえますよ」の言葉に顔を上げた瞬間、「わあ~!」思わず声を上げてしまった。
見事な黄葉、紅葉。
間近に迫りくる感じすらした。
「♪こもりくの泊瀬の山 青旗の忍阪山は 走り出のよろしき山の 出で立ちのくわしき山ぞ あたらしき山の荒れまく惜しも♪」
前回の万葉の旅を終えて作ったこの曲を8号墳の上の丘陵頂上から歌わせてもらった。
感無量。
こんな旅が準備されていただなんて!
歌い終わったあとにこの場所でランチをすることにした。
8号墳横の階段に腰掛けて、黄葉のざぶとんにBGMは鳥のさえずりと木の実がコトッと落ちる音だけ。
そして、ヤマトの柿の葉寿し。古墳専門家の心配り。
また桜井のヤマトのもの。
私は7種類の味三昧(!?)という柿の葉寿しを頂き、古墳博士はさば寿しを。
この場所で柿の葉寿しだなんて。前方には多武峰の山々、少し視線を左にやると忍阪山。なんて贅沢な空間なんでしょう。
おなかも心も大満足。
そしていよいよ鏡王女墓へ。
今日は真っ先に万葉歌碑、そして王女墓へ。
王女墓へと続く緩やかな坂道には誰もいない。
2~3日前に雨が降ったのだろうか。山清水の水量が想像通り。
そして万葉歌碑にふり積もった黄葉が数枚。
その内の1枚をそっとかばんの中へ。
今日の記念、そして今年の記念に。
鏡王女、犬養先生からのプレゼントだと思っている。
山清水。かばんの中から朝自宅で入れた水道水を斜面にかけ空にしたペットボトルに汲んでみた。
手にその冷たさが伝わる。
この清水が絶ゆることなく万葉歌碑に注いでいるのだ。
ずっとこの清水をとっておこう。
この場所ではそう思っていた。
そしていよいよ鏡王女さんと再会だ。
先回同様、ひっそりと静かに佇んでいた。
今回は周囲をゆっくりと見渡すと、ここは秋も深まったこもりくの初瀬。そう思っただけで心が震えた。
鏡王女墓の前に落つる黄葉を1枚、ここでも頂いた。
一生の記念。
歌と出会い、歌われた季節に2度訪問。
こんな年は自分の中でももう出会えることのない年であろう。
そう思うと寂しくもあった。
生涯記念の年。
今年のこの歌を通じて頂いた全てのご縁に感謝したのであった。
その後、大伴皇女墓、舒明天皇陵を参拝し、大和朝倉駅をあとにしたのが14時54分。
三輪山麓の紅葉が美しかった。
榛原、名張で乗り換え特急に乗り込んだ瞬間、押さえられない気持ちが噴出した。
ペットボトルの山清水。
飲料。
甘くってちょっぴり切ない味がした。
 

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