~玉の浦~

「玉の浦」の地名を聞いて和歌山県を思い浮かべた方は、きっとずいぶんと万葉集を読んでみえるに違いないのだが、今回は岡山県の玉の浦を訪ねた。
玉の浦の所在については、岡山県の中でも玉野市であるという見方もあるのだが、万葉集の前後の並びから考察すると、ここはやはり岡山県倉敷市玉島をいうのがベストであろうと思う。
ここは瀬戸内海でも入江に位置し、背後には2~300M程の山々がそびえ深い入江となっているまさに舟泊まりには最適の場所だったに違いない。高台から玉の浦を一望すれば、往時の景色が浮かび上がってくる万葉故地である。
その舟泊まりしたであろう場所を推察してみる。
ある文献によれば柏島にある八幡神社(柏島神社)辺りを玉の浦と推定しており、ここは往時名前の如く島であった場所。
瀬戸内は大小さまざまな島が浮かび、ここ玉島も例外ではなかった。
古代の海岸線は地元の人に聞くと、現バイパスの走る辺りだったとか。
柏島には興味深い字名が残り、船宮というそうだ。
そこは現海岸線から少し入った場所。
船泊まりした場所と断定するのは尚早だが、そうした観点から故地を見つめてみるとなかなか面白い。
さて、八幡神社に登ってみる。
神社境内には木が生い茂り、残念ながら玉の浦一望とはいかなかったが、頂上にある境内までの参道にはところどころに自由句の歌碑が並び、文学の小道といったところだろうか。
遅咲きの紫陽花が彩りを沿え、梅雨に濡れた参道がまた一層初夏の雰囲気を醸し出していた。
一望できなかったからではないが、次に円通寺へと向かう。
ここは犬養孝先生が著書「万葉の旅」で写真を撮影された場所であり、どうしてもその場所が今回確認したかった。
きっと先生の「想い」を自分自身が共有したかったにちがいない。
休憩所の真下に、ちょっとした空スペースがあり、そこに立つと眼下には玉の浦が一望できる。  
「ぬばたまの 夜は明けぬらし玉の浦に あさりする鶴(たづ)鳴き渡るなり」
                          巻15-3598
「玉の浦の 奥つ白玉拾へれど またそ置きつる見る人をなみ」
                          巻15-3628
「秋さらば 我が舟泊てむ忘れ貝 寄せ来て置けれ沖つ白波」
                          巻15-3629

写真の場所を探すべく、休憩所にみえた地元の方に写真を見てもらうと様々な意見がある中でお一方がきっとあちらでは・・・と教えて下さった。
その場所に立ち、約50年前の写真の中にある巨石を探してみると・・・確かにあったのである。その場所にその石が。
まさに犬養先生が立った場所であった。
巨石にそっと手を触れておいた。

古代日本各地では鶴が飛来していたであろうが、今は歌にみるような光景はもちろん見られない。
ここ玉島も干拓が進み、10年前と比べるとずいぶん海岸線を侵食して更に埋め立て用地が増えているように思う。
その上を飛んでいくアオサギを鶴に見立て、左手に見える水島工業地帯を目の中で焼き尽くせばそこには1300年前の心が甦ってくる素晴らしい万葉故地となるのである。


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