photo by 風香

「秋山の樹の下隠り」の楽曲が完成したのが2009年。
この曲を作ることになったきっかけは、犬養孝先生の著書を読み、心の琴線に触れたからだった。
以降、歌詞を作る過程において、この鏡王女さんが眠る忍阪とはどういった風土の中にあるのかいろんな本から得る情報しか知るすべがなかった。

「秋山の樹の下隠り 行く水の 吾こそ益さめ 御念(みおも)ひよりは」

まず、鏡王女さまがこの歌に詠まれている秋山の樹の下の古代における風景をどう見つめていたのだろうというところから想いを募らせていった。
秋の山。万葉集において「もみじ」は紅葉でなく「黄葉」である。
山の全景をイメージするところから入っていった。
そしてだんだん山の奥深いところへと。
そしていよいよ、この秋山の樹の下を流れる山清水とは、どういった流れの中で音を奏でているのだろうと。

愛知での日常生活の中で、ある時は近くの排水溝を流れる水音に耳をすませてみたり、またある時は田んぼに注ぐ水音に耳を澄ませてみたりと水音にこだわっていた。

こうして紆余曲折しながらも完成したのである。

そして季節は秋。
地元にお住まいのTさんが「いつでも案内しますから是非この歌の歌碑のある忍阪へ来て下さい」と言って下さった事、またこの年に出場した音楽祭で、万葉協会の会長さんが「風香さん、あなた忍阪へ行かれたの?あなたの歌の通りのところよ。是非行って確かめてらっしゃい」そんなお言葉も頂けたおかげでついにこの年の11月に忍阪へ初めて足を踏み入れることになった。
そこには1300年前と何ら変わらぬ風景が目の前に広がっていったことを今でも鮮明に覚えている。
また奇しくも37年前のこの日にこの秋山の万葉歌碑が犬養先生の揮毫で桜井市によって建立されたと知ったのは、愛知に戻ってからであった。
そして今。
2009年のこの日の足跡(詳しくはこちら→http://blog.goo.ne.jp/taketi2tag3/e/672456fb408f7a5f128ca820e286629c)をまるで追うかのごとく夢のような現実が忍阪の人たちの手により奇跡として起こっている。
万葉故地「忍阪」へ、1年に2度いくことができた年は二度とやってこないかもと二年前に書いた日記が微笑んでいる気がする(笑)

こうして結ばれた万葉故地「忍阪」では、今回の「祈り」のDVDが本日より各町ともに1戸1枚、全戸配布となるそうです。
いつか忍阪にお住まいの方お一人だけにでも万葉歌に触れて頂ければと思っていましたが、忍阪の方々によって夢が叶えられた瞬間でもありました。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

尚、祈りの歌詞を作る過程において、石仏さまの姿を言葉に、そして石仏さまとその風土を守る忍阪の方々の姿を言葉に込めました。
そして、レコーディングの過程においては、DVDにも収められている石仏さまにお参りされる住民の方々のお姿に心打たれ、力を頂き、歌わせて頂く事ができました。
不思議な出会いから歌をお届けし、その歌がまた忍阪の人々の手によって息が吹き込まれたんですから。
つながっていることを肌で感じています。

万葉故地「忍阪」。
そこには今も変わらずに1300年前の風土が、そしていにしえ人の心が息づく素晴らしい場所であり、そこに暮らす人々によって今日も大切に守り続られています。

ありがとうございます。

日々感謝。

とこおとめは食を通じて(株)八葉水産さんを応援しています。