photo by comeちゃん

「淡路の野島の崎の濱風に 妹が結びし 紐吹き返す」

                 (万葉集巻三 二五一 柿本人麻呂)

万葉歌を作るようになって、年々万葉故地への思いが募っている。
それは自分の中で、万葉歌と風土はきっても切り離せない関係にあると思っているからだ。

歌を作るには、句を詠まなければならない。
句を詠むには、その原文にあたり紐解いていく作業が待っている。
紐解くにあたっては、その歌が読まれた土地を知る必要がある。
その土地を知るには万葉故地に赴く。

まるでしりとり合戦のように複雑に絡み合い、決してどれをおろそかにもできないのだ。

机上で可能でないこと。
それは、現地に赴くということ。
文献史料にあたってイメージをふくらませた上で万葉故地にたどり着くと、大抵が自分の予想を遥かに超えた風土がまっている。
目の前に広がる1300年前の風が吹き抜ける万葉故地はどこをとってもそして何度訪ねても、一瞬にして1300年前にタイムスリップできる瞬間だ。
明日香はもとより、桜井市忍阪、吉野、西ノ京にある薬師寺、富山県、岡山県、広島県と今迄自分が訪ねた故地すべてに共通していえる。
さて、今迄自分が作ってきた曲の中で、唯一訪れていなかった場所がひとつだけあった。
淡路島の野島。
上記の句である。

歌を作るにあたって、ずいぶんと様々な文献を読み写真を探したが、これだと思う写真は結局犬養先生の著書にあった白黒の写真1枚だけだった。
それでも万葉の心は、自分の中にぐっと近づき歌となり形となった。

あれから約3年。
野島に対しての思いは募る一報で、いつかこの目で確かめに行きたいと心の中でずっとずっと温め続けていた。

それが思いがけず素晴らしい写真と出会う事ができた。
少し前に知人とひょんな会話から淡路の野島について言葉のやりとりがあった。
それは何気ない会話。
するとつい数日前にその方が野島に行って写真を撮って下さったのだ。
人との会話って、うっかりしてると聞き流してしまいがちな自分。
言葉を受け止めてくれていたんだと思った。

この写真を見た時、感動で胸が張り裂けそうだった。
美しすぎる野島の夕映え。
海面に映る凪の波目。
沖にある潮目。

確かに人麻呂さんが見た風景だと実感できた。
この景色を眺め、彼は妻が結んでくれた紐を、そして心をこの野島で感じていたんだ。
そう思えば思う程に涙はとめどなく出て、その夜は深い感動に包まれていた。

1300年前の景色。
そして1300年前の心。
それは万葉故地に今も生きている。

Cちゃん、ありがとう。
感謝。

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