信濃なる 筑摩の河のさざれ石(し)も 君しふみてば 玉と拾はむ

                   (巻14−3400 東歌)

 

信濃の千曲川の小石でさえも、君が踏んだと思えば、宝石以上のものとなって拾おうではないか。

 

 筑摩の河は、長野県、新潟県をまたぐ千曲川のこと。その小石を、自分が愛する人が踏んだと感じれば、小石についたその人の心も感じられる。だからそれはもうただの石じゃない。自分にとって愛しい人そのものであるというのです。

素晴らしい表現ですね。他の人にとってはただの小石であっても、私にとっては宝石であるというのです。

 先月おじゃましたとあるサロンに、この万葉歌碑の写真が飾ってありました。サロン内に入った瞬間、私はこの写真がすぐに目に入り、感動に包まれたのはいうまでもありません。高価で光輝くものやブランドものに価値観を求めている人もいますが、感性の豊かさはやはりこの小石(さざれし)を宝物と見いだしたこのうたいびとのように1300年も前に生きた人々に勝ることはないでしょう。

いつか信濃の千曲川の川岸に立って、さざれ石に触れてみたいと思っています。

 

                        2012年2月6日

 

とこおとめは食を通じて(株)八葉水産さんを応援しています。